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最新刊中心の書評。昔の掘り出し物もたまに書きます。その他雑感も。

天才の頭の中を完コピ!書評『破壊 新旧激突時代を生き抜く生存戦略』

 本書は、葉村真樹さんという知の巨人の頭の中が全てつまびらかになった衝撃の一冊です。その点で、タイトルは単なる自己啓発書に見えている時点で少し損しているように感じます。しかし、プロローグを読み進めていくとそんな誤解は一瞬にして吹っ飛びます。この本の最大の特徴は、大量にストックされた事例がわずか3つのフレームで捉え直せてしまうということで、プロローグでいきなり明かされています。さらに本書は具体例の宝庫で、かつ一つ一つのエピソードがかなり詳細で、知的好奇心もくすぐられるというダブルでお得な本です。

 

 

破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略

破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略

 

 

3つの技術進化

 プロローグで早速指摘されているのですが、人類の進化の歴史は、①インフォメーション②モビリティ③エネルギーという3つの技術革新によって起こったものだと言うのです。ここでいうモビリティとは、人間や人間が移動させたいものを物理的に移動させる能力を指すようです。これらの3つの技術進化こそが、破壊的イノベーション(ディストラプション)を引き起こしているのです。

 

 第1章では、テクノロジーは人間の感覚と機能の拡張だ、と喝破して次のような極めてわかりやすい図で解説しています。

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 これがテクノロジーの本質である、という前提から本書は出発します。ここで最も重要なのは、彼がエネルギーがこの3つの中で最も根本にある、と指摘したことです。エネルギーがなければインフォメーションの技術も発達しないし、モビリティも発達しないとですからね。ここから葉山さんはカンブリア大爆発や聖書からテレビまで、あらゆる例をこの3つのカテゴリーで見事に説明していきます。

カンブリア大爆発の話は特に面白いので紹介しておきましょう。

このカンブリア大爆発が起こった要因については諸説あるが、近年有力な説となっているのがオーストラリアの生物学者アンドリュー・パーカーが2003年、その著書『眼の誕生』で提唱した「光スイッチ説」である。パーカーはその著書のタイトルのとおり、「眼の誕生」がカンブリア大爆発を引き起こしたと主張している。その主張を簡単に説明すると、次のようなものだ。38億年前の地球上で生命体が誕生した後、カンブリア大爆発以前から存在していた生物の中から、突如眼を持つものが現れる。眼を獲得した生物は、獲物を効率よく探すことが可能となる。一方で被食者は、硬い殻やトゲを持ったり、海底の堆積物中に潜るなど、形態を多様化させることによって捕食から逃れようとする。あるいは、さらに精度の高い眼を獲得することで、捕食者から逃れる。もしくは捕食するために素早く動けるヒレを持つものが現れるなど、外部形態を多様化するようになる。このような「食うか、食われるか」が加速する食物連鎖の淘汰圧の中における生存戦略として、生物は形態を多様化、進化させるようになった。

 それらの例を踏まえて、①ディスラプションは人間の本能である機能と感覚の拡張なので抵抗すべきではなく、②ディストラプションを主導するか流れに乗らなければ生き残れない、という教訓を得ます。そして、現在進行形のディストラプションも確実に起こっていると指摘します。先の例との関連で言うと、自動運転車に使われる画像認識技術がまさにそうで、「眼」という圧倒的に高性能な受容体を拡張することでディストラプションが起こる、という例が示されています。

 また、最近のスマートスピーカーの激しい競争も、人間の機能拡張で説明します。ちなみに、スマホもよく考えてみるとかなり不便で(小さくて見づらいし、取り出すのもめんどくさいし)、仮想世界と現実世界が融合したMR(複合現実)に転換する可能性が見込まれるそうです。

1つの原則

 上で3つの技術革新がディストラプションを産む、と書かれていましたが、実際にはそれだけでは不十分です。技術革新は、単に人間の機能や感覚を拡張するだけなので、全く異なります。ですから、なぜ、どのような課題を解決するのか、が先に来なければならない、これが第2章以降で伝えている唯一のメッセージと言ってもいいでしょう。しかしそれは、だから読まなくていいと言う意味ではありません。筆者がエピローグで述べているように、結論ではなくどのようにその結論に至ったかが極めて重要だからです。そして繰り返しになりますが、本書は膨大な例がすべてこのフレームに当てはまることを、極めて明瞭に示しています。

 

  筆者は、この3つの原則を①人間中心に考える②存在価値を見極める③時空を制するという3つの原則にまとめています。②は消費者が求めるものと自分の強みの交わるところで勝負すること、③はこれからAIに労働が代替されて暇な時間がたくさんでき、余暇の時間をどうやって消費させるか(それが消費者にとっても幸せであるから)ということです。ここでよく考えてみると、②は①を意識していたら自然と取るアプローチですし、③は②を実現するためのヒントと捉えることもできます。

 

 ですから結論として、人間の不満や不便を解決するために①インフォメーション②モビリティ③エネルギーの3つのテクノロジーをどういかすかという生き方が基本的なスタンスです。例えばこれからは、AIに仕事が代替されて大量に余った余暇の時間を、最大限生かすべきだということです。間違っても手持ちの資産や能力が先に来ることはなく、人間のこういう悩みを解決したい!という問題意識が先に来るべきなのです。

 

 話がだいぶ抽象的になってしまいました。しかし何度も言うように、本書で最も面白いのは、具体例です。その面白さをお伝えするために、twitterの創業者、ジャックドーシーの創業時のエピソードを1つ紹介して、感想を終えます。

 

今でもツイッターのツイートを書き込む欄に「今どうしている(What’shappening?)」と書かれているのは、現在の状況をシェアするツールというジャック・ドーシーの構想の名残りである。そして、ジャック・ドーシーはいろいろな使われ方を想像したという。例えば、患者を収容した救急車の救急隊員が手にしたモバイル端末からツイッターで患者の容態と症状に加えて受け入れ可能な病院を求めると、その救急車のアカウントをフォローしている病院の一つが受け入れ可能と返す。あるいはフォローしている病院で受け入れ可能な病院がない場合は、フォロー外の病院にも情報をシェアして(要は今で言うリツイートで拡散して)受け入れ可能な病院を尋ねるといったことも可能だと考えた。

 

 

 

破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略

破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略

 

  ちなみに本書の巻末を読むと大量の参考文献が載っています。『破壊 新旧激突時代を生き抜く生存戦略』の理解を深めるために、僕が読んだことがある中では、人類史に関しては

 

銃・病原菌・鉄 上巻

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「これからの生き方」は、

 

幸せとお金の経済学

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 が特にオススメです。

 

科学崇拝の終焉〜『闇に魅入られた科学者たち』書評〜

  純粋な学問の探究心が、特定のイデオロギーと結びついた時に起こる化学反応は、時に破滅的な被害をもたらす—本書はその残酷な事実を、豊富な例を通して我々に突きつける。胃液を口に含んだ外科医ジョン・ハンター、ナチスの大量虐殺の推進者オトマール・フォン・フェアシュアー・精神疾患患者の脳を切り刻んだウォルター・フリーマン、東ドイツで組織的ドーピングを牽引したマンフレッド・ヒョップナー、"史上最悪の人体実験"を行ったフィリップ・ジンバルドーの5人だ。ここでは、今問題になりつつある優生学を象徴する人物である、 オトマール・フォン・フェアシュアーを紹介しよう。

闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか

闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか

 

 最近優生学の再来として、光と闇の両面を持つゲノム編集については、こちらの記事をご覧いただきたい。

 

honzyme.hatenablog.com

 

ナチスが大量虐殺で悪名高いのは言を俟たない。600万人のユダヤ人と20万人の障害者が犠牲になった痛ましい史実だ。そしてこの殺戮は、ユダヤ人と障害者に対する差別から起こったものだ。ただここで衝撃の事実がある。この殺戮が当時著名な科学者に裏付けられた優生学によるものであったこと、そしてその科学者も、おそらく善意で行っていたことだ。さらに、この差別的な思想がドイツ特有ではなく、アメリカやヨーロッパで先に起こっていたことをご存知だろうか。

 

 

ここでご紹介するフェアシュアーは戦後、断罪されずに教授を続けることになるのだが、多くの学生や研究者から穏やかな人柄の教授だと評価を受けている。実際もともと過激だったというより、ナチスと結びついてどんどんエスカレートしていくのだ。 

 

そもそも優生学とは、人間は自然の中で適応したものが生き残っていくことで進化を遂げていくという遺伝学を社会に適用したものだ。優生学では、ヒトにおいても遺伝的に望ましいものは残して、望ましくないものは除くことで、自然淘汰をヒトの手で起こし、よりよい民族や人類にしていこうという思想だ。

 

この思想を利用して、障害者に不妊手術をするという「断種」手術が行われた。アメリカのインディアナ州で最初に合法化され、他の州やヨーロッパ各国もそれに続いた。彼自身はこのとき、病気や障害を持った子が生まれて来る方が、つまり断種をしない方が残酷なことだと考えていたようだ。最初は抵抗にあったものの、当時のドイツの財政危機が彼を味方した。歳出削減が叫ばれるなか、限られた財源を、障害のある人よりも健康な人に割くべきだ、という恐ろしい風潮が彼を後押ししたのだ。

 

さらに彼を後押ししたのが、アドルフ・ヒトラーだ。それまではかろうじて、断種には当人の同意が必要とされていたが、ヒトラーが就任すると、国が断種手術を強制できるようになる。こうしてヒトラーとフェアシュアーが持ちつ持たれつの関係になってから、暴走はさらにエスカレートする。その後は、障害者との婚姻を禁ずる「婚姻健康法」が成立、ついには差別の対象はユダヤ人にも及んでいくのだ。

 

当時跋扈していた反ユダヤ主義を、彼はこう助長するのだ。科学的裏付けをしたと言ってもいい。

異人種が移住して来ると遺伝的に異質な形質が持ち込まれ、ドイツ民族が変えられてしまう。ユダヤ人が増加し、影響が大きくなることを阻止しなくてはならない。    『遺伝病理学』フェアシュアー・1937年

 ユダヤ人というのは、生物学的な人種ではなく、歴史的に、社会的にカテゴリーに入れられたものだから、そんなことが起こるはずはない。しかしヒトラーとフェアシュアーは一度信じると疑うことなく突き進んでいく。しまいには、実験の資料として使うため、収容所のユダヤ人を倒れるまで採血し続けたり、殺して眼球や内臓、骨格などをとるなど、狂気の沙汰としか思えないことを部下にさせるようになってしまう。

 

さて、時代は21世紀も四半期に迫ろうとしている。人間のDNAが1日で解析できるようになった現在、ダウン症などの異常を起こす可能性が高いと判断された夫婦の9割以上が中絶しているという現状がある。さらに、優生学的な処置が横行しそうな兆候もある。

 

例えばアメリカのカリフォルニア州では、現在、医師が妊婦さんに出生前診断を勧めなければなりません。診療の費用は全部、州が出すことになっています。背景にあるのは、ダウン症のお子さんの出生が少なくなると医療費が節約できるという経済の論理です。もちろん、制度上は検査を受けるか受けないかは、あくまで本人の自由意志です。しかし、検査を受けないこと自体が周りから "無責任だ"と非難されるような時代にならないとも限りません。そういう病気の方への差別意識を醸成しかねない危険性を秘めていると思います。 

 実は日本でも1996年まで、優生保護法に基づいて断種手術が行われており、残念なことに、受け入れる土壌が全くないわけではないのだ。さらに現在、自国ファースト主義がはびこり、経済的に将来への不安を抱える人も多い。また、テレビやネット上で異常なまでのバッシングが蔓延し、「自分がよければいい」といった類の自己啓発書が書店に並ぶ。日本も優生学再来の危険性を十分抱えているのだ。ドイツの失敗に学び、特定の遺伝的形質を「優れている」とか「劣っている」とか決めつけることなく、多様性を認め合うことが、今あらためて求められているのだ。

 

闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか

闇に魅入られた科学者たち―人体実験は何を生んだのか

 

 

DNAは変えられる!『ゲノム編集の衝撃』

 ゲノム編集、誰でも一度は耳にしたことがある言葉です。しかし、なかなかゲノムの細かい話を知る機会はありませんよね!今回は知識ゼロからでも、ゲノム編集とは何かというところから応用範囲、期待と懸念までわかるようになれる素晴らしい本を紹介します!

 

ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

ゲノム編集の衝撃 「神の領域」に迫るテクノロジー

 

  この本は、NHKクローズアップ現代での番組を元にして、その時の取材・制作班が執筆しています。それだけにとてもわかりやすく、またプラスとマイナス両面を淡々と記述しているので入門書として最適です!

 

 

基礎知識

 知識ゼロからでも大丈夫と言いましたが、生命科学の学習で1番大事なのは図で把握することです。特に、セントラルドグマという生命の最も根本の仕組みについて図を用いて理解するのが重要です。その解説記事を書こうと思っていたのですが、今まで読んだ30冊にも及ぶどの本よりもわかりやすい記事を見つけてしまったので貼っておきます。これのpart1と2を読んでから、『ゲノム編集の衝撃』を読むか、読みながらわからないところを下のサイトで調べるのをオススメします。

koto-science.hatenablog.com

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ゲノム編集とは何か

 私たちの体はDNA、すなわち遺伝子の集まりからなっています。そのDNAが、ヒトの体で働くタンパク質について、どこの場所でどれぐらいどの種類のタンパク質ができるかを決めることで、人の性質を決定する設計図の役割をしています。そしてそれは変えられないからこそ、「あの人は生まれつき背が高いから〜」というセリフも(文句も)出てくるのです。

 

 しかしそれも変化してきています。遺伝子組み換えと言う言葉を聞いたことがあるでしょうか。トウモロコシなどでおなじみでしょう。そして少し抵抗があるかもしれません。遺伝子組み換え技術は外から遺伝子を入れ込むことでなされていましたが、どこに目的の遺伝子が組み込まれるかは曖昧でした。それが狙い撃ちしたところに高確率で入れられるようになった、これは恐ろしい発明です。例えばこれまでは数百年たってもできるかわからなかった、魚の品種改良が、今度は数年で確実にできるようになってしまったので、遺伝子組み換えとは全く次元の違う話です。

何に役立つのか

 結論から言うと、食糧危機の回避とエネルギー問題の緩和です。例えば、もしもミオスタシンという遺伝子の機能を壊して筋肉量が多いマダイやウシを作ることができれば、価格を大幅に下げられるようになります。栄養価の高い魚も作れつかもしれません。現在では毒があり多くの人手をかけて摘んでいるジャガイモの芽を無くしてしまうことも可能である可能性が高いです。端的にいえば食糧危機に役立つのです。またバイオ燃料などの研究も広がりそうです。

 

 さらに重要なところでは、医療があるでしょう。がん細胞が薬に耐性を持ってしまう原因や転移に関わる遺伝子などを突き止められるかもしれません。また、血友病の原因遺伝子を突き止められれば、遺伝子を編集して治すことも可能になるでしょう。そしてHIVウイルスは白血球の表面の突起を足がかりに侵入して増殖します。そこで突起を作る遺伝子を壊せばHIVも根治できそうです。

 

どんな懸念があるのか

 まずは、過度に恐れて何もできなくなってしまうことです。現在、遺伝子組み換えを行った生物は、自然界から適切に隔離し、外に出すときには十分な安全性を確保することを求められます。この足かせが、企業のみならず大学の研究機関までも研究することを困難にしており、ゲノム編集したを遺伝子組み換え食品と同等に扱うのかどうかも議論されています。また、人々がゲノム編集された食べ物を受け入れず、せっかくの恩恵が行き渡らない可能性もあります。もちろん注意を払うことは大切ですが、きちんとした知識に基づいて専門家が丁寧に啓蒙していくことが重要です。

 

 そして、逆説的ですが、特に医療では慎重に取り扱わないと大変なことになってしまうかもしれない、ということです。こんな曖昧な書き方をしているのは、人間が想像もつかないようなことが起こるかもしれないからです。体細胞という体の中のほとんどの細胞は、その個体の中でしか増えないのである程度介入することも許されるでしょうが、生殖細胞は子孫代々まで伝わります。それを安易に変更してしまい、意図せぬ結果になったときに何の責任もない子孫が苦しむのは絶対に避けなくてはなりません。

 

まとめ

書評というよりも読書ノートに近くなってしまいました。やはり、知識がないと書評はなかなか書けない、ということですね。

honzyme.hatenablog.com

とはいえ、ゲノム編集についてはお分りいただけたでしょうか?より分りやすいブログを目指していくので、ぜひコメントを記入していただけると嬉しいです!