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最新刊中心の書評。昔の掘り出し物もたまに書きます。その他雑感も。

極端に生きろ!『読書という荒野』書評

 恐怖—これが、この本に出会ったときに湧いてきた、最初の感情だ。"読書術"的な本に食傷気味になっていた僕は、もう決してこの手の本を手に取るまいと思っていた。ただこの本の表紙を見ると、どう見てもただ者ではない。その上、また秋元康さんの推薦の言葉が畳み掛けるように恐怖心を煽って来る。

見城徹の読書は血の匂いがする。ただ、文字を追って『読了』と悦に入っている輩など、足元にも及ばない。書を貪り食ったものだけが知る恍惚の表情を浮かべている。著者の内臓を喰らい、口から真っ赤な血を滴らせている。

 と赤字で煽っているのだ。実際読み終わった後に表紙を見直すとわかるのだが、この本は表紙が全てを物語っており、本質が集約されている。著者の恐い表情も含めてだ。さらに、本の山に囲まれた中で見城さんが読んでいる本をよく見ると、なんと「口から真っ赤な血を滴らせている。」とは無縁そうな、西野 亮廣さんの『革命のファンファーレ』ではないか。もう表紙で即買いを決定させられる、凄まじい本だ。

 

 

読書という荒野 (NewsPicks Book)

読書という荒野 (NewsPicks Book)

 

 本書のメッセージはシンプルに2つ。「極端な人生を追体験しろ」、そしてそれによって「語彙と想像力を磨いて、全力で生きろ」だ。

 

著者が冒頭で語っているように、人の一生は平凡だ。さらに、安保闘争学生運動などに縁のない我々は、より平凡な生き方をせざるをえない。少し困ったらSNSで相談もできるし、過激な運動に身を投じる機会なんて皆無に等しい。見城さんは学生運動から逃げてしまったという猛烈な劣等感に苛まれて生きている。そんな見城さんですら大量の名文学に触れて極端な人生を代理体験しているのだから、僕たちが文学を貪るように読むのは必須だ、と強く納得させられる。

 

本書でいう極端な生き方は、極端の持たざるものと持てるものの2つだ。しかし、見城さんが紹介している作家の中で、極端に持てるものは石原慎太郎さんぐらいだ。あとはみんな極端に持たざる者だ。そしてそういう生き方をした人にしか優れた表現は生み出せない、と見城さんは論を進める。全くその通りだ。どのページだか忘れてしまったが、見城さんは「生き方を犯された」という表現を使っている。こんな表現、極端な生き方をしている人しか絶対に生み出せるわけがない。極めて象徴的な表現だ。

 

他者への想像力を磨くという点で、見城さんは差別構造を扱った小説家をたくさん紹介している。吉本孝明さん、五木寛之さんなどだ。結局のところ、差別構造の中で虐げられ極限状態の中で、想像力が最も生まれるようだ。

 

それを生かして、見城さんは異常なまでにストイックな生き方をしている。五木寛之さんの連載を買いてもらうために、メールがない時代に5日以内に感想を送り続けたり、幻冬社を立ち上げた時に周囲からの冷ややかな言葉にも関わらず、孤独な戦いを続け、今日に至っている。そんな地位も名誉も得た状態になっても、「はじめに」によると、「自己検証」、「自己嫌悪」、「自己否定」を続けているそうだ。

 

この三つの言葉を見て、僕は、「自己分析」、「謙虚さ」、「向上心」と言い換えたくなってしまう。まだまだ極端な生き方ができていないようだ。ということで、見城さんが最もおおすすめする小説から読むことにした。p165に載っている、恩田陸さんの『蜜蜂と遠雷』だ。

 

読書という荒野 (NewsPicks Book)

読書という荒野 (NewsPicks Book)

 

 

 

蜜蜂と遠雷 (幻冬舎単行本)

蜜蜂と遠雷 (幻冬舎単行本)