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最新刊中心の書評。昔の掘り出し物もたまに書きます。その他雑感も。

歴史学の革命ー『歴史は実験できるのか』書評

歴史は実験できないーそれは長い間研究者たちの常識であった。分子生物学や物理学など、自然科学に分類される科学は実験科学である。変化する要素を一つ(あるいは複数)決めてその要素以外は全て揃えることで、考えたい要素が決定的な要因かを確かめるのだ。しかし歴史はコントロールできない。過去にタイムマシンで戻ってコントロールすることはできないし、現在のことでも倫理的な制約でできないことが多いのが辛いところだ。本書はそんな常識を打ち破ってくれる、まさに革命的な本だ。

 

 

歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史

歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史

 

 

 

ではどうやって実験するのか。もちろん変化をコントロールするのではない。自然が勝手に実験してくれるのだ。例えば第4章。カリブ海イスパニョーラ島は、東側はドミニカ共和国、西側はハイチと2国に分かれている。1700年代の植民地時代、ハイチはドミニカ共和国よりもはるかに強大だった。しかし現在はハイチは世界の最貧国の一つになっているのに対し、ドミニカ共和国は一人当たりの平均所得がハイチの6倍もあり、乳児死亡率はわずか0.4倍だ。この違いは、元々の自然環境の違いと、植民地時代の宗主国の違い(ハイチはフランス、ドミニカ共和国はスペイン)だと喝破し、極めて理路整然と説明していく。歴史の特徴として、時系列に説明する必要があるのだが、ジャレドの説明は、しっかりとした1本の線が通っているのだ。

 

さらに、歴史学の最大の弱点である、数値化のしにくさを克服して行く。森林破壊を深刻さで5段階に分類したり、島の年齢を3つに分類したりするのだ。大雑把すぎると思われるだろうか。しかし実際には自然科学も、モデルを使ったり、数字の小さい桁の数字は丸めたりしているのだ。これぐらいは、許容できる範疇だ。

 

さらにすごいのが第5章だ。歴史、しかもデータが少ない時代の歴史を統計学を使って紐解いて行く。アフリカの奴隷貿易がなければアフリカはもっと発展していた、という一見当たり前な事実をこれでもかと丁寧に証明して行くのだ。この章の特筆すべき点は研究の方法にある。その証拠に、筆者は研究の方法に実に16ページも費やしている。それは、因果関係が逆転していないか(貧しいから奴隷貿易で搾取されたのではないか)、第三の要因があるのではないか,また測定誤差がないか、という自然科学で考えるべきことを慎重に検討するためだ。

 

本書ではこのような例をたくさん提示してくれる。各章1つの研究で、7章ある。全て複数の似たような事例を「比較」しているので、自然科学の実験に極めて近い。他には、銀行の設立と民主主義の度合いの関係、イギリスのインド植民地統治がその地の発展を遅らせたこと、ナポレオンがドイツに強制的にもたらした平等の制度と経済発展の関係などの論文が紹介されている。全て、比較(と統計学)によって丁寧に記述されている。そして、ナラティブな説明と統計学は不可分な関係にあることもわかってくる。

 

実際に、研究のアプローチの仕方も変わってきている。第1~4章の前半を読めばわかるように、従来の研究は、ナラティブなストーリーを組み立て、統計学を用いて仮説が当てはまるかどうかを確認して行く。しかし、4章の後半~7章のアプローチを見ると、最初に統計学を使って、何らかの結果を出す。そしてこの因果関係は、ナラティブなストーリーでは絶対に人間には思いつけないものであることが多い。 例えば、

溶岩を噴出する火山がある島よりも、近くの火山から灰が風で運ばれてくる島の方が、森林破壊は進まない。そして、遠い場所から大量の塵が風で運ばれて来ない島よりも、何千キロメートルも離れた中央アジアのステップから大量の塵が東風に乗って運ばれてくる島の方が、森林破壊の進行は遅いことがわかった。

などと書かれてある。こう言う事実を見つけて、そのためのナラティブなストーリーを組み立てて行くのだ。つまり事実を見つけるためにストーリーを組むのではなく、事実を見つけた後にそれを説明するストーリーを組んで行くのだ。これは方法論の問題なので、歴史研究のアプローチを変える大転換だ。皆さんもぜひ本書を読んで、その醍醐味を味わってほしい。歴史は実験できると。

 

歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史

歴史は実験できるのか――自然実験が解き明かす人類史